無敵マンのニート日記

臆病な性格をした無職。自由主義者。 Twitter→@mutekiman_xxx

自由主義者の臆病な性格をした無職が、人生の一コマを書き連ねております。Twitter→@mutekiman_xxx

夢の世界でバカマジメ。

夢はいつも、私の中に眠る潜在能力に気づかせてくれる。夢では現実世界では起きようがない空想的なことが起きるが、その現象に対する私の反応は面白いほど現実的である。であるから、一々私は夢を見た後反省したりもする。「あの行動は本当に正しかったのだろうか?」などといった具合に。経験が人を成長させると言うが、私によると夢も立派な経験の一つなのである。多くの人がなぜ夢を夢と気づけないのか?それは夢でどれだけ不可思議な現象に出会っても、それを現実のもので無いと拒まない「我々の潜在能力」、いわば「未知のものを何でも受け入れる柔軟性」が我々に備わっているからに他ならない。この理論が正しいとするなら、現世で私がどれだけ可笑しなことをしたって、他人はそれをいつでも受け入れる準備態勢にあるという事になる。もっと言うなら、その素質を持っている時点で、もはや人間の本能が「異質で未知なるものを欲している」と言えなくも無い。

夢の世界でバカマジメならば、現実世界ではバカみたいにフザケ倒すのもアリかもしれない。

母への手紙と後日日記。

 お母さん。誕生日おめでとう。確か今年で〇〇歳だっけか?もう随分と歳をとってしまったね。不思議なもんで親の生まれた年だけはいつまでたっても覚えることができないよ。だから、母さんの誕生日が来ても、僕は母さんが一体何歳になったのかを実は毎年わかっていないんだ。

 正確な年齢を人に知られていないと言う事は、女性の母さんからしてみれば、それはある意味嬉しいことなのかもしれないけれど、僕は十年に一度くらい市役所で何かの必要書類か何かを書く時に、親の生まれた年を知らずに困ることがある。まぁ困るといっても、正直に「知りません」って言えば、平然と答えを教えてくれたりするから、実際それほど困るようなことでもないんだけどね。

 ところで、こんなふうに僕から母さんに手紙を書くのは初めてかもしれないね。僕が小学校だか中学校だかを卒業する時、学校の行事の一環として、いちどだけご両親宛にと手紙を書かされた記憶があるけど、確かその時はこっぱずかしくて、本当に伝えたかったことを書けなかったんだよね。その時どうしても伝えたいことがあったくせに、結局恥ずかしさが勝ってしまって、適当な事しか書けなかったんだ。そんな手紙、母さんは知らないと言うかもしれないけど、あの時の手紙は個人的には今でも少し後悔しているんだ。でも、今この手紙でなら、あの時伝えそびれたことを改めて伝えられるぞと思いつきました。だから、せっかくの機会なので、ここで改めてちゃんとその時本当に書きたかったことを書いておきますね。

「今更かもしれないけれど、今まで育ててくれて本当にありがとう。あの時、パートやアルバイトで忙しく働きに出ていたのに、文句1つも言わずに毎朝ご飯を作ってくれたり、弁当を準備してくれたり、おいしい晩ご飯を作ってくれたりしていたことには本当に感謝しています。思い返せば、母さんはたくさんの愛情を私に注ぎ続けてくれました。今の私があるのは間違いなく母さんのおかげです」

これからも、どうぞお体を大切に。人生の折り返しを祝福いたします。残された日々を有意義に生きてください。

            20XX年○月○日 Xより

p.s.

僕からのささやかなプレゼントとして、緑の手帳を差し上げます。僕はこの手帳に日々の些細な気づきや疑問等を書き込んで使っています。そうすると、日々の成長を実感することができます。


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20XX年○月X日 


手紙を書いたはいいが、母に手渡すことができなかった。やっぱり恥ずかしいのは何年経とうが変わりは無いようだ。書いた手紙を自分で読み返してみたとき、あまりに臭い文章だと思った。いかにも手紙らしい手紙というか、テレビなどでよく見る「お涙頂戴系」の手紙なのだ。母はこういうのが好きそうだと思いながら書いたが、私からしたら、こんな手紙、バカバカしすぎてやっぱり渡せないと思った。自分が納得いかないものは、たとえ相手が喜ぶとしても、あげるわけにはいかないのだ。

つらつらと言い訳を述べたが、結局私はどんなに良い出来の手紙をかけたとしても、相手に手渡す度胸がないのだろう。私が行った行為によって、相手が変化することは間違いなく、その相手の変化に責任を持てないのだ。もちろん良い変化ならば問題はないが、感謝をすると言うのはときに相手を悪く変化させることがあり、また、その可能性の方が高いと私は考える。これは私の個人的な考えでしかないが、私はどんなに人から喜ばれるようなことをしても、人から感謝などされたくはないと思っている。感謝の言葉を聞くために行為をしたわけではないし、感謝をするだけで私の行為をチャラにして欲しくないからである。感謝の言葉を聞くよりも、私は相手が私のしたことで本当に助かったと思っていれば、それで充分なのだ。私みたいな考えの人間は多分少ないと思うので、それがややこしい。

 感謝を求める人もいれば、求めない人もいる。そして、感謝の必要性という事を考えると、良好な関係の維持や今後会えなくなる人への気持ちの表明といったぐらいのもので、すでに母親とは良好な関係で生きてきたし、母とは今すぐに会えなくなるわけでもない。必要性に関しては皆無だ。私は相手の考える必要性よりも自分の考える必要性を重視する人間なので、それを無視して「おそらく相手は感謝を求めている」などといった推測のもと、ギャンブル的に感謝をするのはもはや傲慢とさえ感じる。

親以外を愛せない病。

人の痛みに目を向けると、ただただ自分の不甲斐無さだけが募っていく。なぜなら本当の痛みは本人以外に分かり得ないし、その痛みの最善の癒し方についても、恐らくは本人以外に知る由が無いから。例えば、医者にかかるかかからない一つとっても、それは本人の感じる痛み次第で変わってくる。

こうした事を思うと、他人の痛みを考えること自体に、私はあまり意味が無いような気がしてくる。

だけども、他人の痛みを考えたり、それで思い悩んだりせずにはいられない事だって、私にもあるにはある。それはどんな人に対してかというと、まず親がそう。親は私を育ててくれた。もしも親が全く痛みを伴わずに私を育てあげたのだとしても、私は親が私の為に割いてくれた時間や労力を、全く無かったものとして見ることが出来ない。直接的な痛みの有無に関わらず、人生のただ中に私という存在が関わった時点で、私はその関係した人の貴重な人生の一部を占領したことにもなるだろうから。

考えてみれば、これは大変重大な事だと、今更ながら思う。もちろん、その占領した総量によっても、話は全然変わってくるだろうけど。道端でふと目が合った赤の他人、すぐ辞めたバイト先の同僚、学生時代を共にした同級生…私が関わってきた人たちにも色々いるが、中でも私が一番人生を占領していると思える人間、それは、やはり親しかいない。

関わる時間が多ければ多いほど、見方を変えれば、それはその人の人生を奪っているともとれるわけで、私はその分、その人に対しては恩で持って返したいというか、もっと別な言い方をするなら、奪った分だけ、その人の為に私は苦しんで然るべきだとも思えてくる。

愛とは苦しみなのかもしれない…

思い返すと、これまで私は親以外にも色々な人の人生の一部を占領してきたはずで、それに対して私はいちいち思い悩んだりはして来なかった。それはたぶん、親が私にかけた苦しみを第一として考え、それを基準にして他者を測っていたからであって、つまりは親以外の他者への敬意があまりに足りなさ過ぎたのだった。

愛を量で捉えると、人と人とを比較して、とたんに愛すべき人間と愛すべきで無い人間とを判別してしまう。私が親以外を愛せないのも、たぶんこの考え方が原因だろう。

そもそも論として他者の人生を占領したくない・苦しめたくないというのはもちろんあるが、それを言ってしまうと誰とも関われなくなってしまうので、そこはあまり考えないようにしていきたい。

人は互いに苦しめ合う中でしか愛し合えない。


差別の無い愛の為には、「私の為に他者がいかに苦しんでくれたか?」という視点よりも、むしろ「私が他者の為に、いかに苦しめているか?」という視点に立って日々を過ごしていきたい。

貰った数を数えるよりも、あげた数を数えた方が、恐らく他人を比較しなくて済むだろうから。