無敵マンのニート日記

臆病な性格をした無職。自由主義者。 Twitter→@mutekiman_xxx

自由主義者の臆病な性格をした無職が、人生の一コマを書き連ねております。Twitter→@mutekiman_xxx

発達障害と診断された話。

どうも皆さん。お久しぶりです。


依然としてニート期間が続いておりますが、最近ワケあって心療内科を受診してきたんですが、結論から申し上げますと正式に医者から「発達障害」と診断されました。


自分としては遊び半分で受診して、医者から正式に「怠惰な健常者」という烙印を押されて今の怠惰な現状に少しでも危機感を覚えたいと考えていたぐらいなので、正直今でも信じられません。


なんというか別の意味で絶望しております。というのも発達障害は治らない病気なので。


確かに子供のころから周囲に馴染めなかった事を想うと、その傾向はあったとは思いますが、自分では今の今まで「自分は正常な人間だ」という自負があったので、今更発達障害と診断されたところで、その言葉をすぐには受け止められないです。


ぶっちゃけ今でも、あの医者は藪医者でテキトーに診断したに違いない!と思ってるくらいです。


そしてなによりも、発達障害と診断されたところで、私にとってそれは何らのメリットにならない。


精神福祉手帳を申請すれば税金が少しばかり控除されたりといった特典はあるかもしれませんが、障害年金を貰えるほど重度でないことは自分でも分かりきっていますし、仮にもらえたとして、それだけを頼りに今後一生生活していきたいとも考えていない。


要するに私は、自分を自分で弱者だと認めたくないといった気持ちが強いのかもしれません。


もちろんそれは、自分が現状そこまで困窮していないというのもあるかと思いますが、自分の考えとしては他人から何かを与えられて生き続けることに向いてないだけなのだと思います。


その生活だと自分の性格上必ず鬱々としてきて、生きる意義を見失ってしまう。


簡単に言うと私は、弱者なくせにプライドだけは高いという奴ですね。笑


弱者なくせに、何か偉大なことが出来ると思い込んでいる一番イタイ奴。


今回の診断を謙虚に受け止めて、弱者なりの生き方を模索したほうがいいのか、


はたまた、今後も今のイタい自分を貫いて我が道を突き進んだほうが良いのか、


個人的に中々悩ましい判断ではありますが、今後の生き方を考える上では、どちらかに決めなければなりません。


僕的には、イタい奴が1人でも多くいた方が世の中的には面白いと考えてますが。


p.s.

YouTubeでも今回の件について少し喋ってみましたのでお暇な方はどうぞ

堕落とは女にのみ許された境地

堕落とは女にのみ許された境地なのではないだろうか?

一つの根拠をあげると、子供産むという行為事態が堕落を象徴していると私は考える。

なぜならストイックというのは自己の理想をゴールとしてひたすらに自分を追い込む行為だからであり、子供を産むというのは自己の理想を諦めた先にしか成り立たないものだからである。自己実現の欲求がないからこそ、出産後の全ての時間を我が子に捧げる事ができ得るのである。逆にわずかでも自己理想の実現欲求があると、夫に尽くすことや子育てが全部自分の理想を実現する為の邪魔ものでしか無くなってしまう。子供を出産するということで、ある種人生の役目を果たす女という生き物は、その意味において堕落が許されている。というより、もっと正確には、堕落によって女らしくあれると思うのである。

しかし今の世の中を見ていると、私も含め、だんだんと男が堕落を愛し始めてきているような印象が見受けられる。諸生活の利便化が多くの人々の理想を叶えてしまったのである。何不自由なく暮らせる現代では、もはや理想をイメージすることすら難しい。ストイックになる必要性に駆られないことを理由に、男性の堕落化が進んでいるのだ。この状況に見かねた女性達がむしろストイック化しており、男女間において本来あるべき心持ちが逆転しているのが今の状況なのかもしれない。

しかしそうは言っても結婚して子供を産むことは、女ばかりでなく男の本能的理想でもあるはずなので、再びこれらを顕在化するためにも、現代を生きる我々男性諸君は非凡な理想を掲げる必要があるのだと思う。女々しく堕落しているうちは結婚の必要性が無く、一方でストイックであるにせよ、女は男にとって邪魔者なのだ。このうち可能性があるとすれば、男のストイックの限界による必要不可欠的結婚と、ストイックの果ての理想実現の次のステージとしての結婚だろう。

私は死んだのだろうか?

車椅子のおじいさんとその奥さんのおばあちゃん。大型商業施設の12階くらいにある本屋にいた。車椅子のおじいさんが屋上に行きたいらしく、おばあちゃんを先頭にして従業員入り口へと入っていく。なぜか俺もおじいさんの後を歩いてついていく。従業員入り口に入ると、すぐ目の前にスロープがあり、それが屋上まで螺旋状に続いている。おばあちゃんは難なく屋上まで登っていったが、途中で車椅子のおじいさんの方が力尽きて、自力では登れなくなる。とても申し訳なさそうにこちらを見るので、仕方ないなぁと思いながらおじいさんを車椅子ごとお姫様抱っこする。発泡スチロールかよってくらい軽くて驚く。


次の日の深夜、俺一人で屋上にいく。屋上から下を見つめると、不意に何かに取り憑かれ、そのまま身投げしそうになったので、「うぅぅぅうつ!!」と唸り、金縛りを解くようにして自分を取り戻す。怖くなり、すぐに来た道を戻る。家に戻る途中、反対車線の道沿いに若い男二人組がこちらに向かって歩いていて、こっちを見てる。俺は気にせず走りながら帰っていく。


後日、おじいさんが屋上から身投げする。おじいさんは俺と一緒に上がった時、ここを死に場所と決め、その後もう一度屋上に一人で行ったのだが工事のオッさんがいて、止められたらしい。