無敵マンのニート日記

臆病な性格をした無職。自由主義者。 Twitter→@mutekiman_xxx

自由主義者の臆病な性格をした無職が、人生の一コマを書き連ねております。Twitter→@mutekiman_xxx

無意識の中に遊ぶという事

無意識に文字を追う、無意識にタバコを吸う、無意識に絵を描く。気付けば私が遊ぶという時には、いつも頭は無意識の状態にある。逆に言えば、何かに意識を向けながらでなければ物事が前に進まないような状態でする事というのは、遊びとは言えずむしろ仕事のような感覚であると言える。


反労働主義において、私はつくづく仕事は早く辞めるべきものという認識でいたが、その認識はどうやら間違いであるような気がしてきたのだ。というのも前述の通り、真の遊びとは無意識下でのみ有り得るのであって、それは職場での仕事にようやく慣れてきた頃に勝ち得る状況であり、遊びたいからと言って職場を転々とする事は、常に自身を意識ある仕事に従事させる事となり、それでは永遠に無意味な仕事に縛りつけられる人生を送る他無いことに気付いたからである。


考えてみれば私はニートをしている時でも、完全に遊んでいるとは言えず、どこか仕事をしている感じがしていて、そうでなくとも何かしらの仕事をするべきだろうという義務感に苛まれていた。それは、いわゆるルーティンというものを持たないせいで、毎日を無意識下に過ごせず、常に何かに意識を集中させている毎日を送っていたということである。私はニートを満喫し、遊んでいるように見えて、実際の所は仕事をしていたのである。


つまり、私はこれまでの人生を気付かぬうち「仕事づくめ」で生きていたのだ。


自分がどう生きたいのかを早期の段階において決めておくことで、私たちはそれに向けた仕事に取り組み、そうした煩わしい仕事をルーティン化していくことで、自身を無意識下の生活に置く。そうしてようやく、我々は真に遊びの生活の中へと身を置くことが出来るのである。

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